#2 変死体漂着事件

 所持品が何もなかったにも関わらず、女性の身元はすぐに判明した。

 清水早雨――二十六歳、会社員であった。

 身元がすぐに判明した理由、それは捜索願が出されていたためである。

 職場では仕事も人間関係も問題なく、むしろ真面目な勤務態度とよく笑う穏やかな人柄が評判であった。プライベートでも、円満な家庭で実家暮らし、大勢というわけではないが仲の良い友人たちに囲まれ、充実した毎日を送っていたようだ。

 家出をするような要素は持ち合わせていない人物で、失踪当日もいつも通り出勤し、退勤後一向に帰宅しないということだった。そのため、何らかの事故や事件に巻き込まれたとして捜査されていたが、発見されないまま一ヶ月が経っていた。

「死因どころか、死亡推定時刻もわからないみたいです。直腸温からすると一日は経っているはずなのに、ほかの死体現象が見られないんです」

 現場で安東から新しい報告を聞くと、やはり少し変わった事件のようだ。

 ――持病はなく、外傷もない。

 突然死の可能性ももちろんあるが、遺体の状態が自然に作り出されたとは思えない。

 昨日今日の最高気温は二十度前後、最低気温は十二度。直腸温は十三度であり、通常で考えれば死後二十四時間以上は経過している。しかし、死後硬直はしておらず、かといって腐敗も始まっていないようだ。

 何より、漂流する舟の中で花に埋もれて死んでいるなど、尋常ではない。

 ――何重にも偶然が重なった事故か。

 ――計画的な自殺か。

 ――猟奇殺人か。

「傷一つないですからね。薬物か毒か……。それにしても体温だけ下がってほかはそのままなんて、どんなトリックなんでしょう。うーん、わからないですねぇ……」

 安東が隣で考え倦ねている。

「美しいものを、美しいままで――――サイコか?」

 こうして捜査が始まった東京湾変死体漂着事件は、後に満島事件として連日報道され、世間から関心を集めることになる。

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