「――本当に……今日、やるのか?」
「そうですよ。だって、あなたはカロンでしょう? 名前は、ですけど」
「死神じゃないか……カロンは、コードネームだ。――――名前は……ダート」
「――ダート……そう、ダートさん」
腹の中で、蝶が羽ばたいている。
「ダートさん。私の願いを叶えてください……あなたにしか、叶えられないんです」
冬にしては暖かな昼下がり。屋上に出ると、薄く満月が見えた。
「カナン……ここに」
白いコンクリートに膝をつき、彼女を呼ぶ。
黒猫のように軽やかな足取りで、しかしゆったりと、こちらに歩いてくる。
仰向けに寝そべった彼女の肌は白く、真っ黒な髪と目とセーラー服、赤い唇だけが浮きあがって見える。
祈るように目を閉じた彼女は、小さく呟いた。
「カロンは、渡し守じゃなくて星のことだったんですね」
目を開けた彼女と、視線がぶつかる。
心なんてものを持っていない自分には、彼女がなぜ殺されたいのか、どんなに考えてもわからなかった。できるのは、彼女の願いを叶えることだけ。
「――カナン」
痛みも、苦しみも、辛さも、怖さもない、死を。
「ダートさん、ありがとう」
彼女を手にかけた。
だんだん冷たくなっていく彼女の手を握りながら、どれくらい経ったのか――空は暗く、星が瞬いていた。
雲が流れ、満月の光が彼女を照らした。
幸せそうに微笑む彼女。願いが叶うと、人はこんな表情になるのか。
身体の真ん中にぽっかりと穴が空いている気がして、その穴に弾丸を撃ち込んでみる。
ぼんやりと霞んでいく視界のなか、彼女を抱き締めると、冷たいはずなのに温かかった。
――彼女もこんな気持ちだったのだろうか。
このまま彼女のそばで眠りたい。